マリカフェ

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【文学飯】米原万里さんの「旅行者の朝食」の謎にせまってみた

ついつい食べ物のことに目が行ってしまう私であるが、世の中の同じような傾向の人達が書き綴ったものを読むのはとても楽しい。その中でも食べ物の事で頭がいっぱいな大大大先輩のひとりといえば、ロシア語通訳の第一人者、米原万里さんでしょう。

特に彼女の名著「旅行者の朝食」は、ソビエト時代のロシアの美味しいもの、変な食べ物が彼女の思い出とともに紹介されている楽しいエッセイで、ことあるごとに読み返している本のひとつ。この本一冊だけでも、気になる食べ物はいくつかあるけれど、やはりその中でも謎すぎてずっと気になっていたのが、タイトルにもなっている缶詰「旅行者の朝食」。

気になりすぎて、この缶詰について調べて再現もしてみたヨ!

旅行者の朝食とは何ぞや?

エッセイによると、旅行者の朝食とは、

  • ロシア人の間でもまずくて不人気で有名な缶詰。
  • 牛肉、鶏肉、豚肉、羊肉、魚ベースの5種類があり、肉を豆や野菜と一緒に煮込んで固めた味と形状。
  • 犬用の缶詰に似ている。
  • 一日中野山を歩き回って他に食べるものがない場合美味しく感じるかもしれない。
  • ソビエト時代に生産されていたもので、今はないらしい。

とのこと。もう無いと聞くと、余計気になる!!



キャンプ用食品だった?「旅行者の朝食」

なんと都合の良いことに、私の義理の姉(旦那兄の嫁)はモスクワ出身のロシア人。旅行者の朝食という缶詰を食べたことがあるか、聞いてみた。

「・・・あー、そんなのもあったねぇ。何か肉のような、野菜のようなものが入ってるまずいやつ。キャンプとかに行った時に食べたような気がする」

ソビエト時代子供だったし、あまり記憶に無いらしい。もしかしたらこの本を読んだ日本人のほうが「旅行者の朝食」に変な思い入れがあるかもしれない。

それよりキャンプといえば、夏休みになると家族と離れて無理やりキャンプ合宿に行かされてさぁ・・・!などとそっちの思い出話を散々聞かされるはめになった(苦笑)

でもエッセイにもあったように、この缶詰はキャンプの時にリュックに入れて行くものだったよう。ソビエトの子供は、何かというとキャンプに半強制的に行かされたり、レジャーというと自然の中に行くことが多かったらしく、そういう思い出とやはり紐付いているようだった。

米原さんのエッセイでは、この缶詰のことを知るロシア人にだけバカウケのジョークが紹介されている。

ある男が森の中で熊に出くわした。熊はさっそく男に質問する。
「お前さん、何者だい?」
「私は、旅行者ですが」
「いや、旅行者はこの俺様だ。お前さんは、旅行者の朝食だよ」

「旅行者」をとって食う熊が、自分が食べるのは「旅行者」の朝食だ、とまずい缶詰の名前とひっかけて言うところが笑うツボらしい。実際ロシア語で「旅行者の朝食(Завтрак туриста)」で検索すると、こんな画像もちゃんと出てきた。

http://liveangarsk.ru/files/images/dd48c965a4638232e186505de9657c61-zavtrak_turista.jpg

上の絵でも、「旅行者」の人間はいわゆる「旅行」しているというよりは、ハイキングかキャンプをするような格好をしている。

ちなみに「旅行者の朝食」のロシア語をローマ字にすると「zavtrak turista」なので、やっぱりツーリスト=旅行者ではある。

義理姉によるとソビエト時代、パスポートは「ソビエト国内を移動するためのもの」と「海外に出るためのもの」の2種類があったそうだ。国内用のものをまだ持っていて、それで今でもロシア出身だということが証明できるらしい。

私達が考える旅行と、当時のソビエト時代の旅行は大分違っていたのだろうなあ。勝手な想像だが、パスポートや許可を取ってよその街に「旅行」するより、山に「キャンプ旅行」した方が、色々と面倒がなかったのかもしれない。

まだあるらしい「旅行者の朝食」

「旅行者の朝食」で画像検索してみると、色んなパッケージの旅行者の朝食がずいぶん出てきた(ちょっと違うものも混じっているけど)。いまだにこの名前の缶詰を販売している業者も実はいるみたい。

これなどは、いかにも「旅行者の朝食」って感じでカワイイ。

そしてコンピューターゲームのアイテムにも「旅行者の朝食」があるらしい。ウクライナ人が開発したホラー・シューティングゲーム、S.T.A.L.K.E.R.というゲームシリーズで、リカバリーアイテムとして登場する。


(stalker.wikia.comより)

ご覧の通り思い切り缶詰。
軍の支給品をぶんどってきたという設定らしい。

一部のネット民の間では、ソビエト時代の食べ物というより、このゲームのアイテムとしてのみ知られているようで、このゲームの掲示板を見てみると、「ちょ、まぢもんの「旅行者の朝食」があるらしいwww」「旅行者って何ww」「人肉でも入ってるのかwww」とアメリカ人オタクの間でも本物の缶詰の存在が話題になっていた。

実際にどんなものなのか!

あるロシア人がこの「美味しいとはいい難い」缶詰について述懐しているところによると、「旅行者の朝食」はもともとガルプツィ、つまりはロールキャベツを缶詰にしたもの(のつもり)、として生産されたらしい。

「うちのほうじゃ、『トマトソースに入った胃腸炎』って呼ばれてた」などとコメントしている人もいた。

さらに調べていたら、1978年当時の「旅行者の朝食」製造スペックの書類がなぜかネットに上がっていた。本当になんでもあるな、インターネッツ!!

どのような材料を使って、どのような基準で缶詰を製造するべきかが記載されているこの書類。特に肉の品質基準について書かれていて、缶詰には豚、牛、羊、そして豚の皮や牛スジなんかが使われていたようだ。他にも砂糖、塩コショウ、唐辛子、亜硝酸ナトリウムなどの材料名が並んでいる。

書類には細菌汚染を防ぐためのテストや、箱詰めの方法、地方発送の方法についても色々ルールが示されており、ああ、こんなまずい(らしい)ものを作るのでも、こんな書類を作って一応ちゃんとやってたんだな、と変な感動を覚えた。

書類には野菜や他の材料名が書かれていなかったが、ロシア人の間でもあの缶詰は一体何だったのか気になっている人は結構いるらしい。ロシアの知恵袋的掲示板に「ソビエト時代にあった「旅行者の朝食」って覚えている?あれには何が入ってたんですか?」という質問がいくつも載っていた。

その回答によると、他の材料としては、米または大麦、トマトソースなども入っていたらしい。

また、この缶詰はキャンプの時だけでなく、家庭で手早くスープを作るのにも使われていたらしい。まあ、トマトソースが入っているのであれば、水で薄めて使ったりできそうだ。

でも米原万里さんの本の記述ではどうもドッグフード的なペーストのようなもののが想像されるので、どうもピンとこない。

ということで、「旅行者の朝食」を実際に作ってみることにした!

現代の「旅行者の朝食」はこんな感じ

「皆さんは、ソビエト時代の缶詰「旅行者の朝食」を覚えていますか?安価で栄養価が高く、キャンプの時などに人気の商品でした」という触れ込みで始まる再現レシピがネットに山ほど載っていたので、そのうちのひとつを試してみた。レシピはこちら。

www.maricafejp.com

謎肉を蒸したりしないといけないのは嫌だなぁ、と思ったけれど、紹介されているのはどれも野菜だけを使ったもの。特に「冬の間にサラダとして食べるための保存食」的な位置づけとなっている。

レシピはどれも瓶詰めにして保存すること前提で、出来上がり1リットル分などと大量だったので、それも恐ろしいため10分の1の量で試してみた。

材料はトマト、玉ねぎ、人参、パプリカ、米、油、酢、砂糖に塩とシンプル。

で、できたものはちょっとゲ◯っぽくも見えるこんな感じのもの。

食べてみると、そこまで悪くはない。砂糖は控えめにしてみたのに、野菜の甘みのせいか結構甘い。そしてお酢が入ってるので当然味は甘酸っぱい。

どうも何か食べたことの味だと暫く考えたら、アレだ!オムライスの中にいれるケチャップライスをドロっとさせた感じだ。ケチャップでご飯と野菜を煮込んでもこんな味になるんじゃないだろうか。

これにさらに肉が入っていたらどんな感じだったんだろう。しかも缶に入っていたら・・・。

オイルサーディンやツナ缶など、缶詰にした方が美味しくなるものもあるが、大体野菜や米、パスタなどを缶詰にした時点でそれがまずくなるのは、他の缶詰でも経験済みなので、「旅行者の朝食」のまずさの意味が少しはわかった気がした。

丼いっぱいに作ってしまったこの「旅行者の朝食」、これだけで食べきるのはとても無理だったので、実際にオムレツの具にして子供に食べさせてしまった。

高級感を出してもやっぱりまずいらしい「旅行者の朝食」

最近では、この「旅行者の朝食」をオサレに変身させて出しているレストランまで出てきている。オサレな街サンクトペテルブルグにある、モダンロシア料理店コココ。

ココに行くと、こんなオサレに変身した「旅行者の朝食」が出てくるんですってよ・・・!


(lavkagazeta.comより)

ちゃんと缶に入っている(笑)

これを作ったシェフ、イゴールさんは若いからか、本物の旅行者の朝食は食べたことがないそうだが、ソビエト時代を想像して創作したとのこと。

下に敷いてあるのはパセリを混ぜた大麦のリゾット的なもの。そして肉は、ビーフタルタル。キャンプファイヤーに「旅行者の朝食」の缶を投げ込んで温めたのではと想像をたくましくして、肉はちょっとオークで燻してある。また朝食にはコーヒーがつきもの、とのことでコーヒーの粉もまぶしてある。

作り方も紹介されていたけれど、家で生肉+燻製は面倒臭いので諦めた。食べるならいつかサンクトペテルブルグに行くしかない。

しかしこのオサレ版「旅行者の朝食」を食べた香港からの旅行者が、旅行口コミサイトに「この料理は全く味の無い出来損ないのリゾットだ!」というレビューを載せていて爆笑してしまった。

どの時代になっても「旅行者の朝食」は、やっぱりまずいらしい。

<以前note.muに公開していたものを加筆修正して、こちらに移動させました>


さて、この「旅行者の朝食」でもう一つ気になるものといえば、そう、あれ、「トルコ糖蜜」ですよね!そちらも今、色々仕込み中です。ふふふ、お楽しみに!

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